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2022.1.24 父の看取り。 六甲〜有馬



2022年1月。
実家にて父親を看取りました。
91歳。肺扁平上皮がんでした。


私は長男なので喪主をしました。
ごく近しいものだけで通夜、葬儀を済ませました。




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明日千葉へ帰ります。
主人のいなくなった実家から。13時スタート。


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武庫川サイクリングロードを北へ向かいます。
やはり六甲へ。



この年末、こまめに実家へ往復してたのは父の見舞い・介護のためです。
母ひとりでとてもカバー出来るものではありません。
父は10年前、大病をしています。その時は危篤状態にまで陥りました。
そこから生還後の10年は「おまけみたいなもんや」と本人が言ってました。
そのせいもあってがん発症後の衰弱は早かったようです。




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しばらくは今回ほど頻繁に帰省する事はないでしょう。
なので逆瀬川ルートでタイムアタックをしてみます。


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逆瀬側〜甲寿橋間は緩いと思ってましたが、幾度か10%オーバーがありますね。
いつもはアプローチの気分でのんびり走ってましたが、頑張ると充分厳しい。
ここですでに標高270mありますから。


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やばい。オーバーペースだ... ヒィヒィ言って登っています。
登坂車線が終われば坂は少し緩むはず。


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しかし難関はいくつも待ち受けています。人生は厳しいものです。



父の自覚症状は痛みからでした。
背中が痛いと言ってしばらくの間整形外科に通っていたそうです。
痛みは治らずひどくなり、とうとう寝込んでしまいました。
精密検査を受けたときにはステージ4でした。
あちこちガタガタの91歳です。肺の切除手術や抗がん剤には耐えられません。
根治治療は難しく、最初から緩和の方向でした。




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正面にちょっと見えてる白いのが宝殿インターです。
この辺りが一番しんどいところです。斜度もキツイ。
息が切れて脚も回りません。ペース配分間違えたなこりゃ...


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宝殿インター。もう力を使い果たしヘロヘロで通過しました。
私にはやはり六甲逆瀬川ルートでタイムアタックなんてとんでもない。
温存温存で完登がやっとです。



父は通院が困難となり、放射線治療のため入院しました。
予後が芳しくなく、入院期間は長引きました。
その間にどんどん衰弱し、意識もはっきりしない時間が増えました。
もはや点滴は静脈に入らず皮下点滴のみです。
本人の最後の望みは「家に帰りたい」だけです。
それを叶えてあげることだけが家族の目標となりました。
もう病院に戻らないことが前提ですから自宅看取りということになります。
父が退院できたのは年も押し迫った28日でした。




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一軒茶屋。今年4回目かw タイム更新ならず。
体重を減らし、地力を上げるしかないでしょう。
介護に帰って来ている割によく遊んでると思われるでしょうが、年末年始は家族が代わりばんこに帰って来れますから、昼間はまあまあ時間が取れます。私は三人兄弟の長男で弟が二人います。


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晴れているのですが今日はやけに寒い。
ここでは-1℃を表示していますが、このあと西向きの行程では-3.7℃でした。



とはいえ自宅見取りに際して、我々家族に大した知識や覚悟があったわけではありません。後で色々わかってくると様々な幸運に助けられていました。
まず何よりも訪問医、訪問看護師、ケアマネージャーの皆様に恵まれました。
感謝しかありません。
時期も偶然年末年始に重なったことで兄弟各々時間が取れました。
たまたまこの時期コロナが下火になっていたこともラッキーでした。
介護ベッドが入り、ポータブルトイレが置かれました。
結果的に父が自宅で過ごせたのは20日と少しでした。




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今日は北側へ下ります。裏六甲です。
表六甲と違いクルマが少なくて快適です。路面もキレイ。
しかし寒い。激下りなので下ハン握れないバーミッツは使えないしなあ。



自宅介護はなかなか辛いものです。
食事や下の世話等はどうということはありませんが、一時も目を離せません。
立てませんが立とうとするし、動きたがります。でも拘束などしたくはありません。
そして驚くほど大量の薬! 認知症も進んでいるので錠剤を飲んでくれません。
すり鉢ですり潰して水で溶いてスプーンで飲ませます。本来錠剤を粉にするのは良くないのですが、飲まないよりはマシということでお医者さんと相談しました。ビックリするほど苦いです。しかし痙攣予防・肺炎予防は必要です。心臓疾患の薬もあります。これをスプーンで喉の奥に無理やり流し込みます。本人の意識はわかりませんが目に涙を浮かべています。
しかもこんな苦しい思いをしても回復するわけではありません。
回復のための看護ならともかく、日に日に弱ってゆく様を目の当たりにしていると、自分たちの判断が正しいのかわからなくなってきます。




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神戸電鉄 有馬口駅。
標高だいぶ下がったのに温かくなりません。



父は食事が摂れなくなってきました。
食べられないというより食べたくないという感じです。
最後に自分から欲しいと言ったのは桃でした。さすがに桃は手に入らないので桃缶を買ってきました。これは喜んでくれたようです。ごく少量ずつですがしばらく桃だけを口にしていました。父の最後の食べ物でした。
点滴の量も減ってきました。むくんでしまうので減らすしかないのです。
体がもうこれ以上、水も栄養も要らないと告げているようです。排尿排便も減り、眠っている時間が増えました。体が死を迎える準備を始めているのでしょう。
経験のある人ならわかると思いますが、徐々に看護の手間がかからなくなってきます。楽にはなりますが複雑な気持ちです。

このタイミングで私は一旦実家を離れ、千葉へ仕事に戻りました。
貯まっている有給を使った弟が代わってくれました。




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有馬温泉。結構なアップダウンがあります。
何回か来たことはありますがありますが、泊まったことはありません。
家からこの距離だし、有馬温泉は基本的に高いんですよね〜。



千葉へ戻って一週間後。
訪問医の先生から「親族で来れる方は来てください」とのこと。
その日のうちに新幹線に乗りました。

父は私が帰ってきたことを一応認識してたみたいです。
目は半閉じ。見えてるのかどうかわかりません。
声掛けには反応してくれます。
再び家族が揃いました。数日の間、容態は安定していました。




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太閤橋。


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有馬温泉街。一番にぎやかな辺りです。
暖かくなったらゆっくり再訪したい。お土産も買わないとね。



20時頃。私はパソコンに向かっていました。リモートワークです。
襖は開けてあり、隣の部屋を覗けばいつでも父の様子を見れる環境です。
ふと横を向くと父と目が合いました。
ここしばらくの間見たことがないほどしっかりと目が開いています。
「あれー、起きてんの?」私が近づくとやけにはっきり視線が動きます。
他愛無い声掛けに深く頷きます。ここしばらくはなかった反応です。
ただならぬ感じがして母を呼びました。

呼吸が減っています。
苦しいのかと思い、背中に手を当てて少し体を斜めにしてあげます。
いつもはそれで楽になるのですが、それでも呼吸は戻りません。
母は次男の家へ電話をかけ(次男だけ市内住み)、入浴中の三男を呼びました。
顔色が急に変わってきました。手首で脈を探しますが見つかりません。
もう意識はないようです。
ただ、痩せ細った首の動脈は脈打っています。




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白水峡。51号を東へ下ります。



その脈も次第に弱まっていきました。
苦しそうな様子は全くありません。時間にして20分くらいでしょう。
20分間、誰も見ていない時間は普通に多々ありました。
最期の時に気づけたのは運が良かったと思います。
背中に手を当てたまま脈が動かなくなるのを確認しました。

不思議なことに家族の誰にも激しい感情の動きは起きていません。
安堵感が広がっています。自宅看取りを一つのミッションと考えれば成功に終わったと言えるでしょう。後で駆けつけた訪問医の先生もそう言ってくれました。
やっと楽になれたな。良かったね、オヤジ。




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蓬莱峡。
この辺りはどうも旅立った人が歩いていく景色を想起させます。


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武庫川サイクリングロード。


その後はてんやわんや。訪問医、看護師、ケアマネ、葬儀屋入り乱れてやる事・決めることが山積み。とは言えお決まりのコースです。
父は着替えさせられ、でかいドライアイスのブロックを3つ載せられました。
ベッドがあっという間に祭壇に変わりました。葬儀屋さんの手際の良さに驚きです。
父は完全無宗教ですが、葬儀は一応仏式でとエンディングノートに書いてありました。数珠持って来られた弔問客が手持ち無沙汰にならないためだけの配慮です。
戒名は俗名で通しました(本人希望)。ボウズは舌打ちしたと思います。




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走行距離 58.9km
獲得標高 1,220m
六甲登って有馬経由で帰ってきても60kmありません。
ただ、近くにあっても六甲は優しい山ではないです。キツいし寒い。
パナは当分実家置きに決めました。
六甲がホームコースならディスクブレーキが欲しいとこですが。



コロナがまた猛威を奮っているので葬儀はごく近親者のみで。
喪主としては助かりました。亡くなって4日間で葬儀の行事は片付きました。
まだ役所や銀行等、雑用がありますが弟が車で母をあちこち連れ回してくれます。

いろいろ学びました。
医療・葬儀はともかく、人の死に際ということを父は教えてくれたと思います。
私も結婚をし、子供は成人し、親を看取り、人生をひと通り味わったのかな。




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そして昨日の深夜。
ホッとひと息付いてMYERS'S RUMとフルーツグラノーラで六甲攻略の作戦を考えていました。惨敗に終わりましたけどねw


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翌日、神戸空港。羽田行き搭乗待ち。
母が実家にひとり住まいなのでちょくちょく様子を見に戻らねば。
六甲攻略は続きます。




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お悔やみ申し上げます。

> トナカイさま

お心遣いありがとうございます。

No title

この度は、心からお悔やみ申し上げます

>武田の赤備えさま

お心遣いありがとうございます。

No title

いい文章ですね、えらそうにすみません。
やはりとてもいい時間だったと思います。
できる家族とできない家族がまずいるので、いろいろ条件がそろっていてできたのはとてもいいことだと思います。
最高の親孝行です。
できなくても親孝行じゃない、というわけではないけれど。
自宅でみる時間もちょうどいい感じで。
さんざんそういう仕事を日常的にしていても、ものすごく気持ちを揺さぶられたり、どうにもできなかったり、本人や家族の気持ちをくみ取れないことばかりです。
さんざんみてきても、それでもよく伝わってくるブログです。
お疲れ様でした。
六甲、行ってみたい。
きっといつか登ると思うけど、お父様のことを考えながらハアハア登ると思います。

>akoさま

ありがとうございます。
一つのイベントがあり、その渦中にいるのと、後で思い返すのとは全くの別物ですね。
最近では後者の方が大切に思えてきました。もちろん分けて考えるものではありませんが。
周囲にいてくれる人たちのために、自分が去る時のことはいつも考えておかねばならないと思いました。
akoさんに色々相談すればよかったのですが、病院・治療方面は市内住みで間近で見ていた弟が仕切ってくれてました。微妙なとこでもあり信頼もしてたので任せてました。
また今後もよろしくお願いします😊
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千葉在住。
50過ぎてからロードバイクに目覚めました。
週5日間、座りっぱなしの自営業。

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